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ススムのサラリーマン人生最高でーす!!/エッセー&小説

会社ウォーズ~くそったれ能力主義(2)

会社ウォーズ~くそったれ能力主義(1)

ササキはそのとき、オフィスを抜け出して、トイレの個室で惰眠を貪っていた。

「おい!ササキ」

ハヤシからの怒気を含んだ声は止まない。

声は空気いすに腰掛けながらハンドグリップをにぎにぎしているヤマダに向かっていた。

ヤマダはハヤシの視線を感じると、「はい?」と間抜けな声を上げて、振り向いた。

「おい!ササキ」

ハヤシはササキと間違えてヤマダを呼んでいるらしい。

それも無理からぬこと。

ふたりは見た目がどちらもフランケンだったのだから。

ヤマダはおどおどとハヤシのところに赴くと、「な、なんでしょうか?」と言った。

「これ、得意先のナカジマさんに届けてくれる?きっとお前の姿を見たら驚かれると思うけど、彼はそういう武勇伝が大好きなお方だ。お前の勇敢なエピソードを遺憾なくアピールしてくれ。決して粗相のないようにな!」

ヤマダは自分はササキではないと、そのとき主張しようと息を吸い込んだ。

しかし、思い直して止めた。

逆に、これは大チャンスと思ったのである。

あの憎きササキに意趣返しをする絶好の機会だ!と心の中でほくそ笑んだのである。

「分かりました」

ヤマダは急にササキの声音を真似て快諾、東京から埼玉まで退院後の傷む身体を酷使して、得意先のもとへ参上した。

「どーも、どーも、どーも」

得意先の担当者は、笑顔満面現れたが、ヤマダの姿を見るとサッと顔色を変えた。

今までトレーニングに励んでいたのだろう、汗に濡れたスエットスーツを透かして身体の凹凸が浮き立って見える。

「すみません。ササキでございます」

「ああ、ササキさんか、どうしたんですか?」

「ええ、ちょっとトレーニングしていたら、ハッスルしすぎて、全身に火傷を負ってしまいまして……」

目の前のナカジマはハッスルしたことと全身に火傷を負ったことの因果関係がよく飲み込めず、いまいち驚けないのだったが、沈黙が怖かったので、「ほほう、そりゃあすごい!」と大げさに驚いて見せたのだった。

「ええ、まあ、ははははは」

笑いはしだいにフェードアウトし、やがて沈黙の中に消えた。

沈黙に冷やされるように、ナカジマの顔から徐々に笑みが消えていった。

「あの!」

その笑みがすっかり消えてしまわないうちにヤマダはとっさのひと言を発した。

「はい?」

ナカジマはビクッとして目を丸くした。

ヤマダはいきなり彼の手を握ると、「ちょっと見せたいものがあります」と言って、トイレまで彼を連れて行った。

トイレの扉を入ると、ナカジマを壁際に押し付け、「すみません、見せたいもんがあるんです」と息せき切らせながら言いながら、股間のあたりの包帯の隙間をゴソゴソ探り、萎びたイチモツを引っ張り出した。

それを見たナカジマは、一瞬、「あれ?そんなところにミミズ?」と思ったが、それが徐々に明確な形状を取るに従い、彼の顔は恐怖で歪んだ。

その忌まわしいものは、彼の股下に押し付けられ、屹立しドクドクと脈動しているのだ。

「ちょっと、あんた、何を考えているんだよ!」

ナカジマはヤマダを押しのけ、トイレの外へ逃げ出した。

ササキが得意先で破廉恥な行為に及んだといううわさは瞬く間に社内に広まった。

「あのササキさんが!?」

という人もいれば、「やっぱり!」という人もいた。

当のササキはというと、すっかり落ち込んでいた。

「おれがやったのではない!」と訴えても、ハヤシは「いや、お前がやったんだろ?」一点張りで頑として意見を聞こうとしない。

ハヤシは表面上はササキを応援するフリをしながら、内心は一刻も早く排除したくてうずうずしていたのだ。

彼の驚異的なパワーと敏捷性の前では自分は赤子も同然であり、したがっていつでも自分の地位を脅かす存在となりうるからである。

ヤマダがやらかしたのであろうことは明白だった。

しかし、誰もそんなことを指摘する者はいなかった。

他の者もハヤシと同じく、自分の地位の安泰こそ第一の関心事だったからだ。

ヤマダよりもパワーで勝るササキを蹴落とすことが先決事項だったのだ。

ある日、社内の掲示板に次のような公示が掲載された。

「コンペのお知らせ。第八十二回東京モーターショー展示ブースデザインコンペ。クライアント:凸凹自動車株式会社」

社内はにわかに色めきたった。

世界の凸凹自動車の仕事を取ればその受注額は計り知れない。

コンペ参加を表明した者は、十名。そのうち六名は、参加者の中にササキとヤマダがいるのを見て辞退した。

コンペに先立ち、社内で四名の挑戦者による社内コンペが開催された。

社内では四名のうち誰が勝利するかで賭けを行う輩もいた。

一番人気はササキ、二番人気はヤマダ。他のふたりに賭ける者はひとりもいなかった。

社内コンペの当日、勝敗はあっさり決した。

トーナメント戦でササキとヤマダが決勝戦へと駒を進め、ササキが圧倒的なパワーとスピードでヤマダを下したのだ。

壮絶な敗北を喫したヤマダは試合後にまた一段と巨大化したが、それはただ身体を覆う包帯の量が増えただけの話に過ぎなかった。

「いよいよコンペですね。どうですか、調子は?」

ドクター・キムラは満面笑顔でササキに尋ねた。

「先生さすがです、身体の奥底からマグマのように力が沸いてくるようです」

ササキは、クスリによって途方もない力を得ていたのだ。

「明日は絶対に負けられません。一番強力なクスリを処方してください!」

「それは、大変危険です。これ以上クスリに頼ると、筋肉の細胞が破壊されてしまいますよ」

「かまいません。お願いします」

コンペ当日、並み居る挑戦者の中でササキだけがひとり異様を放っていた。

肥大した力瘤によって腕や足はみたらし団子のようになり、充血した眼は眼窩から零れ落ちるほどにむき出しになっている。

最早人間離れしたその肢体に誰もが恐怖の眼を見張った。

コンペ主催者でさえ、近寄るのが憚られた。ササキを見て棄権する会社が続出した。

果敢に、というか無謀にもササキに勝負を挑んだのは、大手広告代理店T社の社員サトウだった。

一般的には彼もそうとうマッチョであった。

しかし、ササキの前では、赤子も同然だった。

ふたりはリングに上がり、ゴングを待った。

ササキの鼻と口からはシューシューと妙な色の煙が蒸気のように排出されている。

過度のクスリを服用したために身体の中で禁断症状が生じているに違いなかった。

彼は本当に人間なのか、もう他の生物になりかかっているのではないか、とヒソヒソ囁き交わす声が会場内にさわさわと流れた。

カーン!

ゴングが鳴った。

サトウは必死に恐怖心を押し殺して、ササキに跳び蹴りを食らわせた。

ササキはその衝撃で少しよろけたが、すぐに体勢を整えて、サトウの首をガッシリつかむと、ブルンブルン振り回しはじめた。

「お……お、お……お」

ササキは悦楽に浸っているようにうっとりと目を細めて、切なげな声を上げた。

「だあー!」

雄たけびとともにサトウは遥か上空に向けて放り投げられた。

瞬く間に、その身体はみんなの視界から消えて見えなくなった。

数秒でササキの勝利が決定した。

社長は万歳をして喜んだ。

ヤマダをはじめ社員たちは面白くなかった。

「よかった!これで十億円がうちに入ってくるぞ!」

社長がササキの直属の上司を褒め称えて言った。

ハヤシは「ありがとうございます!」と言ってニヤリと笑った。

社長の掛け声で、みんなササキのところに駆け寄り、彼を胴上げした。

彼から発せられる異臭を嗅がぬようにしながら。

「勝者、ササキさん!」

主催者から勝者の名前が告げられると、場はいや増しに盛り上がった。

「それで……」

凸凹自動車の社長が突如マイクを通して声を発した。

みんなはそれを聞いて一斉に胴上げを中止し、社長の次の言葉を待った。

「それで、御社は何を提案してくれるのかね?」

場は一気に静寂に包まれた。

提案内容がどうのという問題を真剣に考えてなどいなかったのだ。

ただ、筋力のアップだけに励みながらこの日に備えていたからだ。

ササキの脳内細胞はクスリのせいで破壊され、脳がすっかりパアになっていたといってよい。

マイクから発せられるキーンという音だけが会場に響いている。誰も何も言えず、ただ、ササキが何か言うのを待っていた。

五分ぐらいの沈黙のあと、ようやくササキが自分の発言が待たれていることに気づいたのか、口を開いた。

「さあ……」

ヤマダをはじめ、社員たちは小気味よさに顔を緩めた。

企画はまた後日提案するということでその場は解散となった。

パアのササキは単なる筋肉馬鹿だから何をしでかすか分かったものではないということで、ビルの地下室に監禁されることとなった。

社長はわずかばかりの同情心からドクター・キムラに更正をお願いしたが、キムラは「ちょっと勘弁してください」とひと言できっぱりと断った。

キムラは自分の開発したクスリが引き起こしたことの顛末を少しは反省していたが、誰かに謝ろうなどという気は毛頭なかった。

誰が企画を作るのかを内部で喧々諤々議論しているうちに、会社にとっての非常事態が出来した。

ぐずぐずしているうちに大手広告代理店T社が抜け駆けして企画を凸凹自動車に提案したというのだ。

「許さん!許さんぞ!」

社長は激高して叫んだ。

すぐに社員全員が招集し、檄を飛ばした。

「いいか!T社を滅ぼすんだ!」

「おー」

「十億円を取り返すんだ!」
「おー!」
「十億!十億!十億!」
「十億円と言えば、ソープランド50分が9,800円だから、えーと、えーと、えーと、……」

そう言った社員は懐から電卓を取り出してパチパチボタンをはじき出した。

「十億円で279年間毎日行けるぞ!」

「おー!」

その計算結果が瞬く間に全社員に広がり、大歓声を巻き起こした。

「ソープランド!ソープランド!ソープランド!」

279年も生きられるわけがないなどという判断も下せないほどにここの社員の脳細胞は駄目になっていた。

マッチョな男たちのせいでどれだけ多くのソープ嬢たちが滅茶苦茶にされてきたかなど慮るべくもない。

社員は、一斉にダッシュをかけ、T社に急いだ。

T社に着くと、リーダーに抜擢されたハヤシの号令で、ビルの中に突入、次々とT社社員を殴り倒し、部屋を占領していった。

しかし、敵も然る者、業界最大手のT社には2万人あまりの従業員がいる。

およそ50倍の数である。

多勢に無勢。

形勢逆転にはさほど時間はかからなかった。

T社の中でも特に屈強な者達によりあっという間に突入した社員たちは叩きのめされた。

そして、彼らは逆に侵略者たちの居城目掛けて進軍をはじめたのである。

社長は頭を抱えた。窓外にT社の社員たちがビッシリと取り囲んでいるのを見て、ガタガタと膝を震わせた。

「神よ!神よ!神よ!」

念仏のように唱えていると、一閃のひらめきが脳裏をよぎった。

「そうだ!ササキ!」

社長室を飛び出し、地下に駆け下り、封印しておいたササキの部屋の扉をこじ開けた。

かびとほこりにまみれたササキが目を爛々と輝かせながら座っている。

ササキは恐ろしく臭い息を社長に吹きかけると、ダッと駆け出し、ビルの外に躍り出た。

「うががががあ」

ササキの雄たけびが木々をビルを揺らした。

彼は両手を地面につき、獣のように走り出した。

もう彼を止められる者はいなかった。

彼に衝突するあらゆる物が一瞬にして大破した。

もうビジネスもくそもなかった。

他人を殺し、生き延びさえすればそれでいい。

「ソープランド、ソープランド、ソープランド」

さきほど見事な計算をやってのけた社員は、自身の身に終わりが近づいていることなど知る由もなかった。

もうすぐそこまでササキは迫っていて、もうあと10分もすれば、彼を踏み潰して駆け過ぎて行くということなど。

(2009年8月20日 木曜日)

会社ウォーズ~くそったれ能力主義(1)

能力主義と言われた時代もあった。

みんなスキルをつけようとビジネススクールに通ったりして自己研鑽に努めたものだ。

努力すれば成果が得られることもあったが、そうでないこともあった。

それは結局能力の有無として片付けられた。

能力の無い者は詮方なく、泣き寝入りするしかなかったのだ。

21世紀も半ば過ぎ。

いまや、ビジネスに必要な能力はすべてサプリメントで補える時代となった。

コミュニケーション力は「ビタミンCo」、協調性は「ビタミンHa」、交渉力は「ビタミンNe」、企画力は「ビタミンPl」、柔軟性は「ビタミンFl」、プレゼン力は「ビタミンPr」、などという具合だ。

「あなたは、ちょっとコミュニケーション能力が欠乏しているから、ビタミンCoを摂取したほうがいいですよ。あと、企画力を伸ばすために、ビタミンPlを処方しておきますね」

年に一度の能力査定の席で、社内クリニックの勤務医ドクター・キムラは、同社でプランナーを務めるササキを診療して言った。

ササキは入社当初は、コンペの勝率で同僚に大きく水をあけられていたが、いまや彼らと肩を並べる好成績を収めるに至っている。

それもこれも、すべてはつい2年前に発明された「能力アップサプリ」のおかげなのだ。

「ササキさん!受注決定です!」

コンペ結果を告げる営業の声に、ササキと同期入社でこれまでトップをひた走ってきたヤマダは影で臍を噛んだ。

受注成績でササキの後塵を拝するという屈辱。

「これもすべてササキさんのプレゼン力が相手を凌駕したからですよ!」

こんな会話がなされた3年後、「プレゼン力」や「交渉力」「企画力」などの言葉は最早死語と成り果てていた。

それらの能力は誰もが等しくサプリで高められるばかりか、どんな者でも最高度まで高められ、しかも各人でその差が一切ないということが判明したからである。

脳の活動を司るニューロンの数は個人によって差はなく、その数はおよそ一万個である。

ニューロンがシナプスを介してネットワークを作る際、出来上がる組み合わせの数は、サプリでみな等しく最大数まで高められる。

ニューロンの活動を補助するグリア細胞は初期状態では人それぞれだが、サプリの作用で等しく増加させることが可能になった。

つまり、殊知性にまつわる活動に関する限り、サプリを飲めば誰もが同程度の能力を獲得できるというわけだ。

誰がやっても誰が考えても、サプリで最高度の能力に達している者なら、同じ成果を上げることができるのだ。

だから、コンペが実施されても、各社の提案はまるでコピーしたように同内容であり、またプレゼンのインパクトも同程度に高いのである。

商品やサービスの開発力もまた然り。

どの会社のどの社員も等しく高度な能力を有しているから、同時多発的に類似の商品・サービスが市場に登場する。

それを提示された消費者は同じような機能・デザインの商品の前でどれを選べばいいのか右往左往するのである。

では、仕事上の優劣は何をもってはかられるようになったか。

体力と持久力、瞬発力である。

運動に関わるニューロンは脊髄の中にある。

脊髄の中の上位運動ニューロンが脳から受けた指令を下位運動ニューロンに伝え、さらに下位運動ニューロンが筋肉、血管、腺組織、臓器に連絡することで運動は起きる。

脳内ニューロンの活動が活発だからといって、運動神経が発達しているとは限らない。

サプリは知的活動には有効でも身体活動に関しては全くの無力なのである。

上位運動ニューロンと下位運動ニューロンとの連絡をスムーズにし、脳からの指令を早く身体の各部位に伝える方法はこの時代にもまだ未解明のままだ。

運動能力の向上は目下個人の努力以外しかない状況なのだ。

いかに早く移動できるか、いかに長く働き続けることができるか、いかに早く対応できるか、いまやこれが相対評価の対象である。

筋肉主義の時代が到来したのだ。

消費者がどれを買おうか迷っていたらいち早く自社の製品を差し出す。

求められれば、商品を快く家に送り届ける。

消費者がいつでも買いにこられるように365日24時間営業するのは当たり前。

一箇所に止まっている暇はない。

夜であろうが、大雨であろうが、戸外に出て、大声で大々的に自社の商品・サービスをPR。

ときに、ビルの屋上から飛び降りることもあった。

自殺すると見せかけ、ビルの下に群集を集めておいて、広告の掲載されているパラシュートが開いたときに、多くの人々の目に自社広告を印象付ける手法だ。

ライバル会社を蹴落とすために日夜街中で暴力行為が頻発した。

オフィスの光景は一変した。

 かつては仕事に欠かせぬツールとして重宝されていたパソコンや電話機はオフィスの隅に追いやられ、代わりに、トレーニングベンチやスクワットスタンド、レーサースピンバイク、サンドバッグ、ベルバッグ、パンチングボール、トレッドミルが立ち並ぶこととなった。

社員たちはダンベルで上腕二頭筋を、腹筋で腹直筋を、スクワットで大臀筋を鍛えまくった。

オフィスの隅の電話が鳴ると、一斉にそちらにスタートダッシュをかけ、誰が一番に受話器を取るかが競われた。

電話に出るスピードと回数が次の能力査定で評価され、給与に如実に反映されるのだ。

女性が出世する道はほぼ断たれたと言ってよい。

顧客に送り届ける荷物は専ら社員が自分で走って届けることにより、対応力をアピール。

打ち合わせがあれば、請われもしないのにわざわざ出向いて、顧客を背におぶり、自社ビルのミーティングスペースにご案内。

デスクにイスはなく、パソコンを使う場合はみんな空気いすで1、2時間はざらに作業する。

いまや、社員が握っているのはペンでもマウスでもなく、ハンドグリップだった。

ヤマダは再び自分の時代が来たと小躍りした。

彼は学生時代ラグビーで腕を鳴らした名ラガーマンだったのだ。

どんなキツいトレーニングにも馴れていた。

一方、ササキはからきし駄目だった。

彼は文化系だったため体力がなかった。

取ろうとした電話はことごとく他の社員の手に落ちた。

「どうしたんだ?最近全然成績が上がらんじゃないか」

上司のハヤシが昼食の席で腕組みして言った。

ササキは言葉もなくただうなだれるほかなかった。

彼はその足でビルの2階に行くと、クリニックに入った。

ドクター・キムラに相談すると、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべながら言った。

「なるほど。私にできることと言えば、君にクスリを処方してあげることだけだ」

「何かいい方法はないですか?」

「ないこともないんだが……」

ドクター・キムラは含みのある言葉を残して黙り込んだ。

「先生、お願いします」

ササキは彼にすがり付いた。

「君は人としての魂を失う覚悟があるのかね?」

「はい!」

ササキは即答した。

「じゃあ、あなただけ特別ですよ。私は弱い者の味方ですから」

キムラはササキから100万円をキャッシュでもらう約束を取り付けてから言った。

自動販売機が動いていると思ったら、後ろでササキがものすごい形相で動かしているのを見たと言う。

逆立ちしながら小便するのを見たと言う。

ササキは見る見るうちにいかつい体つきに変貌した。

ササキほど人間の生活からかけ離れた人間はいないだろう。

他の者は24時間不眠不休とは言え、密かにトイレの個室で水浴びをしたり、仮眠を取っていたりしていたのだが、ササキは寸毫もそのような気配を見せることがなかったのだ。

それに対抗しようとする者がいた。

ヤマダである。ヤマダは社内でササキと会うと、静かに右手を差し伸べた。

ササキはそれを見て、同じく右手でガッシリとそれを掴んだ。

傍目には親しげに握手をしているように見えた。

しかし、よく見ると、ふたりの額に大量の脂汗が流れているのが分かるはずだ。

互いに渾身の力を込めて手を握り合っている。

どちらも一歩も引こうとはしない。

ふたりの周りには、トレーニングを一旦休止して、宿命の対決を見届けようとする人だかりができていた。

遠くで電話が鳴っているが、みんな勝負の行く末に意識を集中しているため、全然気づかない。

見詰め合う目は憎しみで充血し、握り合う手には青い血管が浮き出ている。

ボキボキボキィ。

「うがあ!」

ヤマダは苦悶の表情を浮かべ、必死で手を離そうとした。

しかし、ササキの手はいっかな離そうとしない。

ボギボギボギ。

「ぬがあ!」

ヤマダはその場に崩れ落ちた。

それを見ると、ササキは蔑視を投げかけて、去って言った。

後に残されたヤマダは床に俯きながら奥歯をギリギリ鳴らしていた。

「くそう、くそう、くそ!」

そう言って誤って負傷している右手を床に叩きつけ、激痛のあまり失神した。

床に放置されていたヤマダは数分後には目を覚まし、今の屈辱を頭の中で反芻して心に誓った。

ササキを殺そうと。

ヤマダは負傷した右手のリハビリを続けながら、復讐の機会が訪れるのを虎視眈々と待った。

意外に早くそのときはやってきた。

ヤマダは、ササキが出勤するとき、階段もエレベータも使わず、ビルの壁を這い上がって、一旦屋上に着いてからオフィスのある6階に下りてくるということを聞いて、これだ!と思った。

チャンスはそのときしかないと思った。

次の朝、ヤマダは誰よりも早く出勤した。

そして、静かに屋上まで上ると、フェンスを越え、絶壁の縁に腰掛けた。

眼下では、人々が蟻んこのようにせかせかとビルに入っていくのが見える。

それから数日後、会社の人々はササキが非常階段を1階から20階上の屋上まで朝から晩まで往復するのを見たと言う。

その中に、明らかに他の人と違う風体の男が混じっていた。

ササキである。

ササキはビルの入り口へは向かわず、ビルの裏手に回ると、やおら両手を壁につけ、ヤモリのように壁を登り始めた。

チョークバックも背負わず、ハーネスもつけず、規則正しい手足の動きで、ズンズン登ってくる。

ヤマダは手に持っていたビンのキャップを外すと、壁沿いに液体を滴らしはじめた。

液体は壁を伝い、壁に吸着するササキの左手に流れた。

その瞬間、ツルっ。

左手が壁から離れ、彼の身体はバランスを失った。

彼は右手を壁に吸着させることでかろうじてその位置に止まりながら、手に付いた液体の臭いを嗅いだ。

それはオリーブ油の臭いだった。

「くそっ!」

ササキもヤマダも同時に舌打ちした。

ヤマダはササキを壁から転落させようと、ビンの中の油をありったけササキ向かって注いだ。

ササキは流れくる油を全身で受けながら、右手を壁から離すまいと、両目を固く閉じてグッと堪えた。

「畜生!」

ヤマダはササキがなかなか転落しないことに苛立ちを募らせた。

「こうなれば、アレしかない!」

彼は突然駆け出し、屋上から一階に下り、ササキの真下にやってきた。

そして、懐からライターを取り出すと、壁に流れる油の筋に点火した。

火は見る見るうちに壁を這い登り、ササキの身体を包み込んだ。

「うぎゃあああ!」

ササキは獣のような悲鳴を上げて、蜘蛛のような素早さで壁を駆け上がった。

屋上まで着いたササキは、火達磨になりながら、階下のトイレに駆け込み、便器に頭を突っ込んだ。

シュー、シュー、シュー……。

便器から頭を上げたササキの顔は焼けただれ、最早往時の面影は微塵もない。

ちょうど入ってきた人が、便器に火を噴く人を見、急いでバケツに水を汲んで消火に当たった。

すぐに救急車が呼ばれ、ササキは緊急手術を受け、奇跡的に一命を取り留めた。

恐るべき回復力によって、3日後には通常業務に復帰できるまでになった。

ただし、その姿は、全身包帯ぐるぐる巻き、フランケンシュタインのようである。

「しかし、よくぞ屋上まで火達磨になりながら壁を這い登ったものだ」

部長であるハヤシはササキの無謀を責めるどころか大いに褒め称えた。

こういう我が身を顧みぬ行為こそが、今後顧客満足度の向上に繋がると信じて疑わなかったからだ。

それを聞いて、みんなやんやの喝采をササキに送ったが、ひとりだけ苦虫を噛み潰したような顔でその様子を横目で見ている者がいた。ヤマダである。

彼は、自分のしたことが結果的にササキの評価を高めたことが悔しかった。

ササキよりもすごいことをやってのけて、社内の評価を高めなければと思った。

「おれはもっとすごいことをやります!」

ササキを囲んで和気藹々と語り合っていた社員たちの目が一斉にヤマダに向かった。

「おれはそんな奴よりもっとすごいことができます」

ハヤシは静かにヤマダに歩み寄ると、「ほう」と嘆声を発し、手を顎に当てた。

「何ができるというのかね?」

面と向かって尋ねられたヤマダは一寸たじろいだが、ままよという気持ちで言ってのけた。

「おれはビルの壁を、上から下に下ることができます!」

社内にどよめきが起こった。

「おー!」

誰かの歓声で一気に喝采が起こった。

「いいぞー、ヤマダ!」

こうしてヤマダはビルの壁を屋上から一階まで下ることとなった。

できるだろう、というのがヤマダの目算だった、しかし、実際に屋上の縁に立ってみると、屈んで手を壁に付けるのさえ困難であると判明した。

下では社員たちが固唾を飲んで自分のチャレンジを見守っている。

後に引くことはできそうにない。

こうなったらもう死んでもやるしかない、と両手をビルの壁に付けて、ヤモリのように壁を這い下ろうと足を宙に蹴り上げた瞬間、ヤマダの身体は急転直下、地面めがけて落下をはじめた。

「だああああ!」

下で見上げていた人々は自分のところに勢いよく落ちてくる物体を避けようと、後ずさった。

人だかりの中にぽっかりと大きな穴ができた。

ベシャ!

その真ん中にヤマダは頭から激しく突入した。

救急車が呼ばれ、緊急手術となった。

全身を強打し、強度の脳震盪を起こしているものの、命に別状はなかった。

芝生と柔らかい土が衝撃を吸収したのではないか、というのが医者の意見だった。

ヤマダは恐るべき生命力によって、3日後には退院を許され、通常業務に復帰したが、その姿はやはりフランシュタインだった。

全身包帯に巻かれているからササキもヤマダも区別がつかなくなった。

「おい!ササキ」

午後のひととき、トレッドミルの上を歩行するハヤシから声が上がった。

その声に反応する者は誰もいなかった。誰もが自分のトレーニングに余念がなかった。

会社ウォーズ~くそったれ能力主義(2)

(2009年8月20日 木曜日)

京王電鉄フォーエバー!!(2)

あなたとあたらしいあしたへー京王グループ

笑顔を振りまきながら、お客様にこのスローガンを語りかけることを、

そのときまで本気で夢見ていたのである。
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(2009年8月15日 土曜日)

京王電鉄フォーエバー!!(1)

「人間は、自分が解決できることしか悩まない」とカール・マルクスは言った。

 なるほど、スーパーマンにあこがれている人は見たことがあるけど、「なんでおれはスーパーマンみたいに空を飛べないんだ!」などと悩んでいる人を見たことはない。「なんでおれは神になれないんだ!」という人も見たことがない。悩むだけ時間の無駄ということを人はきちんとわきまえている。悩んだ時間だけ己の血肉になる期待があるからこそ人は悩むでのある。わたしも無論、空を飛べないことにも、神になれないことにもなんらコンプレックスはないし、そもそもそんな欲求すらない。わたしとて不可能なことは悩まない。では、何を悩んでいるか?正直に言おう、なぜ会社はわたしを雇おうとしないのか? 

(続きを読む…)

(2009年8月4日 火曜日)
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